桂川アッパー

10月下旬から11月中旬にあったアッパーの取水停止期間に行くことができました。ブログを読み返すとアッパーは3年ぶり。おやー、そんなに行ってなかったかな。月日が経つのは早いです。

11/11 ロデオボーイ・ゲイシャホール→舟場橋~ハラキリ 2人で。

最初にパーク&プレイで、ロデオボーイ(マウスホール)とゲイシャホールに1時間弱。ロデオボーイは壊れて無くなったと聞いていましたが、2010年ほどではないですがけっこう遊べました。私は何もメイクできなかったけど。大きさがあって、つかまりません。上手い人にとってはキープ力が物足らないかも。ゲイシャホールは私には難しかったです。流速があって、サイドサーフィンもままならず、エディにすぐ戻らないと下流に落ちてしまう。

次にダウンリバーを2本。1本目はフリースタイルボート、2本目はクリークボート。
取水停止からもう2週間以上は経過してるので、水量が減ってるかなと思いきや、良い水量で楽しかったです。
舟場橋からの眺め。紅葉してる。
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サムライとハラキリのあいだの右岸側にあるウェーブが良かった。名前あるのかな。マイルドなので、スピン、ラウンドハウス、バックラウンドハウスの練習に良さそう。浅いので角度出すと当たるでしょうが、低角度の私には関係ない。小森さんはエアスクリューを決めまくってた。岩にバウを当てないように、バウが下がらないようにする練習になるみたいです。
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対岸の紅葉を眺めながら秋だな~と思っていましたが、岸辺に白い物がたくさんあることに気付きました・・・。これ、ぜーんぶゴミ。岸はゴミだらけ。ひでえ・・・。この川に水質や景観は期待してません。

2本目はクリークボート。1本目ではポーテージしたハラキリにトライした。真ん中コースで行って、途中までは狙いどおり。最後の落ち込みも良い進入で、出口も見えて、やったー成功だぜーと思ったら、そこで気が抜けて最後の一打を打たなかったようで、バックウオッシュを抜けれず戻されてしまった。2011年のように右横向きにつかまるかと思いきや、この日はホールというよりもフェイスのあるウェーブのようになっていてフロントサーフィン気味になってから沈して、外に出ました。

小森さんのブーフはメリハリがある。もやもや~としたブーフではなくて、スパッと切れ味がある。水をキャッチしてからタメを作ってるように見えた。タメといっても一秒以下のことだけど。フリースタイルと共通しそう。

フリースタイルボートで遊びながら下るのとクリークボートでサッサと下るという1日2本プランは、長いのも短いのも両方好きで選べな~いという欲張りな私にはピッタリなプランでした。今年5月にも水上でこの2本プランでやりました。


11/14 ロデオボーイ→舟場橋~ハラキリ 6人で。今井ちゃんに数年ぶりに再会できた。
まずロデオボーイで1時間弱。私は何もメイクできなかったけど、他の5人はカートホイール、ループ、マックナスティなど。カートが回る場所があるようですが、私はそこにボートを持っていけない。

ダウンリバーはフリースタイルボートで1本だけ。3日前よりも水位が減ってしまった。たった数日で変わってしまうようです。アッパーは参考になる水位計が無いので、行ってみないと分かりません。

サムライ直後のドロップに入ってみたけど、また井田川に来たかと思うほど横向きのまま何もできず。小森さんはここで高速カートホイールで8エンドほど回してました。すごーい。

3日前に良かったサムライ-ハラキリ間のウェーブは、水位が減ったせいで浅くなりイマイチになってしまった。浅くてドンキーフリップもできないようです。私もラウンドハウスができなくなりスピンだけ。このウェーブを期待して来たので、みんな残念そう。でも、ロデオボーイは3日前よりも残りやすかったので、もしかしたらロデオボーイは少なめのほうが良いのかも。
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余談:前回の記事で、2001年のモンベルカップの映像を見てうらやましく感じたと書きましたが、2001年とはどんな時代だったのでしょうか。私は中学生くらいかな。(ごめんなさいごめんなさいもうしません)
フリーウェーブの壁に貼ってある、wave sportsのボートに乗ったEric Jacksonのポスター。これは2001年にEJが来日した際に、清水アニキがあちこちへ連れ回してあげた時に贈られたポスターです。「アニキへ。カヤックは人生だ。でっかく生きろ。E.J. 2001」とサインしてあります。スマイルマークはこの頃からトレードマークだったようです。
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ポスターの右上に2001 MEN'S WORLD FREESTYLE CHAMPION と記載されています。その年のチャンピオンを招聘する予算が、当時のインポーター・メーカーにはあったということですね。今なら、Dane JacksonやPeter Csonkaを呼ぶようなものでしょうか。90年代初頭にバブル崩壊して2001年は不景気の底と言われてた時代のはずですが、外国人選手を招聘できるような雰囲気がまだあったのですね。

過去には外国人選手が来日してデモンストレーションしてみせてくれたことがあると、ベテランカヤッカーたちからしばしば聞きます。メルヘンチャペルの木曽さんは、Ken Whiting(日本名・白井健。ウソ。←過去のplayboatingネタ)を自腹でアテンド・食事・宿泊の面倒をみてあげたこともあるそうです。
ボケファンのK石さんのブログには90年代の吉野川での大会の様子が書いてあります。Shane Benedict、Clay wright など、私でも知ってるような有名人の名前がズラリ。すげー。
バブル期に青春を過ごしたかったな~。ロストジェネレーションの私には想像もできません。
現在でも、スクォートゥゲザーに Jim snyderや有力選手たちを招待し続けているスクォートの人たちは志が高いと思うのでした。

by ya-ri-sa | 2014-11-14 12:32 | 川部 | Comments(0)  

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